齋藤知事が本件文書に関する情報を入手した後、元西播磨県民局長の懲戒処分に至るまでに県がとった対応の問題点を検討するに当たり、まず、本件の経緯を見ておく。関係各証拠及び関係者のヒアリング結果によって認められる本件の経緯は、概略、次のとおりである(以下、第10章においては、年の記載は、特に断らない限り令和6年である)。
(1)本件文書は、令和6年3月12日付けで匿名文書として作成され、国会議員、兵庫県議会議員、マスコミ及び県警本部の計10か所に配布された。 しかし、同月27日の齋藤知事の記者会見前には、マスコミ等から県当局に対して本件文書に関する問合せ等はなかった。
(2)齋藤知事は、3月20日、知人(私人)から本件文書の存在と内容を知らされた。 齋藤知事は、本件文書を見た時の感想として、本調査委員会の調査においても、「本件文書に県内の企業名や金融機関名などが多数記載され、しかも齋藤知事、片山元副知事をはじめとする一部の県職員の実名が表記され、また、企業等については贈収賄罪等の違法行為があるかのような表現内容になっていたため、一般に流布されると県政に重大な悪影響が出るとの危機感を持った」旨述べている。
(1)3月21日、齋藤知事、片山元副知事とB氏、C氏、D氏の5人で、本件文書への対応策が協議された。その場では、誰が本件文書を作成したのかも話題になり、文書の内容から自転車に詳しく、しかも、上記メンバーが読めば自分たちを暗に批判しているのではないかと思われるような文章を県ホームページの県民局長だよりに掲載したことなどから、元西播磨県民局長が作成した可能性があるということになった。そのため、まずは元西播磨県民局長の1年分のメール履歴を調査することになり、同日夜、B氏が人事課職員にその旨を指示した。 メール調査の対象は、最初は元西播磨県民局長のみであったが、それに協力した可能性のある者として同月22日に3人が追加され、翌23日には更に5人が追加された。
(2)3月23日には、齋藤知事、片山元副知事、B氏及びC氏が人事当局と対応(文書作成者の調査)について協議した。前日のメールデータ調査により本件文書の作成者が元西播磨県民局長である可能性がかなり高まっており、齋藤知事を交えての協議の後、副知事室でB氏、C氏と人事当局者の4人が協議をした。この協議は片山元副知事が主導して行われ、メールの内容から元西播磨県民局長ほか2名から事情聴取をすることになった。その方法は、3班体制で、同月25日午前中に同時に各職場へ行くというもので、担当スタッフや公用パソコン引上げなどの具体的な段取りが決められた。その現地調査の内容を3月23日中に人事当局者が人事課職員らに口頭で伝えたところ、人事課職員の1人がこれを手控え資料としてまとめた(これが「調査指示書」として報道されたものである。)。
(3)3月25日、西播磨県民局には片山元副知事と人事課職員が調査に赴いた。元西播磨県民局長は、本件文書を作成したことは認めたが、配布したことは否認した。片山元副知事が「公用パソコンを引き上げさせてもらう」と言った際には、元西播磨県民局長は拒否の態度を示さなかった。パソコンに差し込まれていた私物のUSBメモリは、その場で元西播磨県民局長自身に取り外させた。人事課職員が、調査から県庁への帰路、引き上げた公用パソコンの中身を確認したところ、本件文書と同内容の文言のデータの存することが確認された。 同日午後1時45分頃、元西播磨県民局長は人事当局に電話をし、「全部自分1人でやった」、「うわさ話を集めて書いただけ」と述べた。 同日夕方、片山元副知事は、人事当局に対し、「元西播磨県民局長のパソコンからいろんなデータが出てきた。公用パソコンで作業するような内容ではないものもあるので、懲戒処分を検討する」と話し、「県民局長の職を解いて、総務部付にするよう」指示した。片山元副知事は、齋藤知事にも同様の説明をして了承を得た。
(4)元西播磨県民局長は当時60歳で(定年は61歳)、3月31日付けでの退職を希望しており、許可されれば、民間団体に再就職する予定であった。しかし、本件文書の作成•配布行為が発覚したことから、県は、3月27日付けで、「退職を認めず、県民局長の職を解いて総務部付にする」ことにし、同日、片山元副知事から元西播磨県民局長に上記の辞令を交付した。その際、片山元副知事が「職員として残ってもらい、調査させてもらう」と言ったのに対し、元西播磨県民局長は「きちんと調査してほしい」と返答した。 3月27日はその後に齋藤知事の記者会見が予定されていたので、人事課は予め、記者から「本日付けで、元西播磨県民局長が異動になった理由は何か」という質問が出た場合の回答として、「県民局長としてふさわしくない行為があり、そのことを本人も認めているため、本日付けで県民局長の職を解くこととした」、「人事課から事前に説明したとおり、現時点においてこれ以上のことを申し上げることはできない」という想定問答を用意した。これに対して、齋藤知事は、記者会見前に片山元副知事とB氏を呼んで、「この文書は、名誉毀損で法的に問題のある文書だから、流布しないように注意喚起したい」と言った。そして、自らが考えた発表内容をパソコンで作成して片山元副知事とB氏に送信した。ただ、実際の会見においては、片山元副知事らに送信したものには無い、「うそ八百」、「公務員失格」などの発言がなされたので、幹部職員はみな驚いた。この齋藤知事の会見直後に、当時総務部長であったB氏が、発言によってもたらされる混乱を収束する方策として、教育次長としての経験に基づき、齋藤知事に対して、「第三者による調査という方法もある」旨述べたが、齋藤知事からの前向きな反応はなかった。この点について、齋藤知事は、B氏から第三者による調査に関する話を聞いていないと述べるが、B氏の証言は職歴に基づく具体的なものであることや、複数の幹部の証言が一致していることから、B氏からは上記のような発言があったものと認められる。 その後、上記齋藤知事の記者会見における発言がきっかけで問題が大きく取り上げられるようになり、マスコミが注目するようになった。
(5)人事課では、3月25日以降、本件文書の真偽と関与者の有無を調査し、元西播磨県民局長の事情聴取等が行われた。 同月31日にSNSで兵庫県議会議員の1人が本件文書の作成配布が公益通報に該当する可能性に触れていたことから、人事課も公益通報者保護法との関係を意識するようになり、4月1日、人事課職員が特別弁護士に公益通報として取り扱う必要性の有無について相談に行った。その際の特別弁護士の回答は、「公益通報の手続がされてないので、公益通報として扱う必要はない」というものであった。
(1)元西播磨県民局長は、4月4日、庁内の窓口に文書で公益通報をし、それをマスコミに発表した。その具体的な通報内容は、本調査委員会の調査によっても判明しなかったものの、本件文書の各項目のうち、五百旗頭氏に係るものを除いてすべての項目に係る事実が記載されていた。 その当時、人事当局では、公益通報の調査は早くても5月末までかかるだろうとの見通しを立てて、「公益通報の調査結果が出るまでは懲戒処分ができない」と、B氏、C氏に進言した。それに対して、C氏からは、一旦は、「そのスケジュール案で齋藤知事も了解」との返答があったが、4月中旬頃にはマスコミが本件文書に関する報道を連日のように大きく取り扱うようになり、知事の定例記者会見でもこの話題に時間を割かれてしまうことが増えていたためか、齋藤知事は、「風向きを変えたい」と言って懲戒処分の時期を早めるようにと指示した(齋藤知事は、この発言をしたことを否定しているが、元側近幹部職員が証言するところであり、その当時齋藤知事が置かれていた状況に照らすと、この職員の証言は信用できる。したがって、齋藤知事からこのような発言があったものと認められる。)。そこで、C氏は、同月17日、齋藤知事からの指示として、「4月24日に懲戒処分を行い、人事当局から発表するよう」人事課に伝えた。人事課では、特別弁護士に、懲戒処分を先行することは公益通報との関係で問題がないかを相談したところ、「制度が別なので、懲戒の事実確認をきちんとして、調査の結果懲戒相当になれば、問題はない」との回答を得た。 人事課は、4月24日に懲戒処分を行うのは調査との関係で日程的に無理であるとして拒んだが、その後もC氏を通じて齋藤知事の意向を確認しながら処分時期について検討を重ねていった。その結果、C氏の「齋藤知事からゴールデンウイーク明けの5月7日にできないかと指示された」との言葉を受けて、記者発表に同席予定の特別弁護士のスケジュールを確認した上で、同月7日に懲戒処分を行い、その後同日中に記者発表をすることが決まった。また、翌8日には齋藤知事の記者会見が行われた。 人事課の調査は、文書内容の真偽を関係職員へのヒアリングを中心に確認するというもので、4月30日には齋藤知事に事情聴取をし、B氏、C氏、人事当局が調査結果を齋藤知事に報告した。懲戒処分の原案は、人事課において作成したが、処分理由(非違行為)が4件あるので、過去の処分事例を踏まえ、それぞれの理由についての量定をした上で、これらを積み上げる方式で全体について「停職3月」の処分案を決めた。なお、この処分理由と処分内容の案も、事前に齋藤知事に報告されていた。
(2)上記(1)の処分案を審議するため、5月2日に綱紀委員会が開催された。 その席上、委員から、本件文書に名前の挙がっているC氏が綱紀委員長を務めることは問題がないのかとの質問があったが、C氏は、「人事当局が調査結果に基づき判断した量定案の妥当性について、委員長として判断するだけである」旨回答し、そのまま委員長としての職を続けた。また、公益通報の調査結果を待たずに本件文書を誹謗中傷文書と断定して懲戒処分をするのは問題ないのかとの質問には、人事課職員から、「当初、公益通報を行う目的で本件文書を作成•配布したのではない。後に公益通報を行ったからといって、当初の文書作成行為が遡って公益通報として保護されるわけでないことは弁護士に確認済みである」との回答がなされた。
県は、綱紀委員会の意見に基づき、5月7日、元西播磨県民局長を「停職3月」の懲戒処分にした。その処分理由は、①誹謗中傷文書(本件文書)の作成•配布行為、②人事データ専用端末の不正利用(人事課管理職時に、特定の職員の顔写真データに関し、業務上の端末を不正に利用するとともに、個人情報を不正に取得し持ち出した)、③職務専念義務違反行為(平成23年から14年間にわたって、勤務時間中に計200時間程度、多い日で1日3時間、公用パソコンを使用して業務と関係ない私的な文書を多数作成した)、④ハラスメント行為(令和4年5月、次長級職員に対してハラスメント行為を行い、著しい精神的な苦痛を与えた)というもので、そのうちの②から④の理由3件は、3月25日に引き上げた公用パソコン内のデータから判明したものであった。
公益通報を担当する企画部県政改革課では、「兵庫県職員公益通報制度実施要綱」に則って手続を行い、関係者への聞き取りなどの調査を進めていったが、秘匿性を重視する制度の立て付けどおりに、調査の進捗状況について、人事課との間での情報共有はなかった。 公益通報に関する調査は通報直後から進められ、7月中旬に齋藤知事に調査結果等が報告されたが、その後是正措置等対応案の作成を検討しているうちに、齋藤知事が失職するなどの出来事があった。そのため、調査結果と是正措置の公表は、12月11日に行われた。 なお、調査結果の内容は、企業などからの贈答品の受領については、慣例で職員ら個人の判断に委ねられてきたとする一方、齋藤知事のパワハラ疑惑については、強く叱られた職員はいたが、パワハラの確証は得られなかったというものであった。そして、是正措置として、前者については、齋藤知事ら特別職も対象としたガイドラインの策定が、後者については、齋藤知事や幹部へのハラスメント研修の充実がそれぞれ提言された。 県では、改善策として、まず、県職員が公益通報できる外部窓口を12月16日から県内の弁護士事務所に置くことにしたほか、上記提言を受けて、物品受領ルールの明確化(財務規則の改正とガイドラインの策定)や、組織マネジメント力向上特別研修の実施などの改善策を採ることにした。